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    <title>旅人の道 【旅の記録】</title>
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    <title>和書　〔小説〕</title>
    <description>『宮本武蔵』  　吉川英治
 

不朽の名作として名高い吉川英治の『宮本武蔵』。私が出会ったのは、まだ中学生の時だった。この本との出会いにより、その後の価値観が大きく変わった。 
漫画にもされたこともあり、今でも多くの人に影響を与え続けている。




Amazon.co.jp ウ...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<h2>『宮本武蔵』  　吉川英治</h2>
 <br />
<br />
不朽の名作として名高い吉川英治の『宮本武蔵』。私が出会ったのは、まだ中学生の時だった。この本との出会いにより、その後の価値観が大きく変わった。 <br />
漫画にもされたこともあり、今でも多くの人に影響を与え続けている。<br />
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    <dc:subject>【旅の書物】　小説</dc:subject>
    <dc:date>2008-09-06T23:00:41+09:00</dc:date>
    <dc:creator>第三の眼</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
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    <title>2004 Mexico - Epilogue</title>
    <description>次の日。朝９：００の便で日本に帰国した。空港には、例の事件もあったけど、地下鉄が一番便利だったので、メトロを使った。その日は、混んでいなかった。海外で満員電車に乗るのはとても危険だ。そういう教訓を受けた旅だった。でも嫌なこともあったけど、とても良いこともあった。そしていろいろな人に助けられた旅でもあ...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><tt>次の日。朝９：００の便で日本に帰国した。空港には、例の事件もあったけど、地下鉄が一番便利だったので、メトロを使った。その日は、混んでいなかった。海外で満員電車に乗るのはとても危険だ。そういう教訓を受けた旅だった。でも嫌なこともあったけど、とても良いこともあった。そしていろいろな人に助けられた旅でもあった。また来なければ。今度は本格的な研究者として・・・・・・　</tt></p>
<p><tt>飛行機は、北アメリカの大自然が作り出した大地の切れ目『グランドキャニオン』の上空を通り過ぎようとしていた。</tt></p>
<p class="style3" align="right"><font color="#ff6600"><strong><em><span style="font-family: Comic Sans MS"><font size="4"><tt>Fin</tt></font></span></em></strong></font></p>]]></content:encoded>
    <dc:subject>2004 [メキシコ]</dc:subject>
    <dc:date>2004-10-08T19:00:00+09:00</dc:date>
    <dc:creator>第三の眼</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
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    <title>2004 Mexico - 12</title>
    <description>空が白みかけてきた朝の6時ごろ。私は目を開けた。バスはすでにメキシコシティに入ろうとしていた。再び戻ってきた。つい一週間前までは、この地にいたのだ。そこからメキシコの南部を旅し、また戻ってきたのだ。そう日本に帰るために。　
飛行機は明日の便。だから今日一日はゆっくりと過ごすことができる。だがその前...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><tt>空が白みかけてきた朝の6時ごろ。私は目を開けた。バスはすでにメキシコシティに入ろうとしていた。再び戻ってきた。つい一週間前までは、この地にいたのだ。そこからメキシコの南部を旅し、また戻ってきたのだ。そう日本に帰るために。　</tt></p>
<p><tt>飛行機は明日の便。だから今日一日はゆっくりと過ごすことができる。だがその前にやっておかねばならぬことがあった。それは、財布の盗難届けを出して、証明書を発行してもらうことである。あぁー、忘れもしない（忘れてぇ）9月29日の日曜日。地下鉄メトロでそれは起こった。その後、オアハカに行かねばならなかったので、いままで盗難届けを出せずにいたのだ。 </tt></p>
<p><tt>6時45分。私の乗るバスは、メキシコシティのバスターミナルに到着した。とりあえず荷物を降ろしたかったので、今日の宿に向かいそこで荷物を預かってもらうことに。宿は前と同じところ。 </tt></p>
<p><tt>いざ警察署へ！と思ったが、私はスペイン語はあまりしゃべれないので、とりあえず日本大使館に行った。はじめはなかなか取り合ってもらえなかったけど、事情を説明したら、何とかしてもらえるみたいだった。なんか国際問題と深く関わるらしく、地元の警察との仲介役になっていただいても、その場合通訳として雇わなけらばならないらしい。行政機関はいろいろとめんどくさいなと思った。っと言うことで、近くの警察署に問い合わせてもらった。そしたら今ちょうど日本人の方が、同じ目的で訪れているらしいので、一緒に聞いてくれるそうだ。その日本人の方は、スペイン語が流暢に話せるらしいので、大使館の人を通訳として雇わなくてもよいそうだ。そんなこんなで警察署に行き、案の定その日本人の方にかなり助けてもらって、盗難届け証明書を発行してもらった。あぁ～よかった。これで少しスッキリした。またまたいろんな人に、助けてもらっちゃった。 </tt></p>
<p><tt>まだ時間もあることだし、メキシコシティを散策しつつ、お土産を探しつつ、宿に戻ることにした。 </tt></p>]]></content:encoded>
    <dc:subject>2004 [メキシコ]</dc:subject>
    <dc:date>2004-10-07T19:00:00+09:00</dc:date>
    <dc:creator>第三の眼</dc:creator>
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    <title>2004 Mexico - 11</title>
    <description>朝6時半に、宿を発った。まだ夜は明けてない。宿の人もまだ眠っていた。少し悪いなと思いつつ、起きてもらって玄関の鍵を開けてもらう。7時発のバスに乗らなければならない。1stクラス（primera）のバス停（ターミナルと呼べるほど大きくは無い）には、すでに人が集まっていた。チケットは昨日のうちに買ってお...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><tt>朝6時半に、宿を発った。まだ夜は明けてない。宿の人もまだ眠っていた。少し悪いなと思いつつ、起きてもらって玄関の鍵を開けてもらう。7時発のバスに乗らなければならない。1stクラス（primera）のバス停（ターミナルと呼べるほど大きくは無い）には、すでに人が集まっていた。チケットは昨日のうちに買っておいたので、それを運転手に見せて乗車する。席について間もなくして、バスは動き出した。パレンケの町を抜けるころには、夜はもう白みかけていた。次の都市はヴィジャエルモサ。美しき町という意味を持つその町で、いったい何が待っているのだろうか。心躍らせながら、しばしの眠りにつくこととなった。・・・・・・ </tt></p>
<p><tt>目が覚め、8時半になる頃、私が乗るバスはヴィジャエルモサのバスターミナルに入っていった。とりあえず向かうところは決まっていた。それは、ちょ～有名なオルメカ時代の巨石人頭像が展示してあるラ・ベンタ遺跡公園である。ターミナルを出るとすぐタクシーがたむろっていたので、その一つに声をかけ、遺跡公園まで行ってくれるよう頼んだ。タクシーで20分ぐらい行っただろうか、目の前に木がうっそうとしたところが見えてきた。どうもここがそうらしい。タクシーの運ちゃんにお礼を言って、早速中に入ることにした。っとその前に、後ろに背負った巨大な荷物をどうにかせねば。と思っていると、親切な人が、そこで預かってもらえるよと教えてくれた。よく見るとチケット売り場の隣に荷物預かり所があるではありませんか。チップ程度のお金を払って荷物を預け、ようやく中に入ることができた。なんと日曜日は、メキシコではすべての文化施設は無料になるのである。いいよなぁ。日本もそうすればいいのに・・・　</tt></p>
<p><tt><img height="170" alt="ラベンタ遺跡公園" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico117.jpg" /><br />
入り口を入ると、日本語で話し掛けてくる人がいた。その人はガイドボランティアをしている人で、日本語のほかにも英語も流暢にしゃべれるのだそうだ。日本語は話せるのだが、日本人が来るのは滅多になりらしい。でも私は、一人でじっくり見たかったし、なんにしてもお金がそこを尽きていたので、ここは丁寧にお断りすることした。中はジャングルのようになっていて、むしむし、じめじめで居心地はいいものではない。そうこうすると、自分の周りにめいっぱいの蚊がまとわりついてきた。こりゃだめだぁ！いったん引き返し、虫除けスプレーを取りに戻った。虫除けを全身に降り注ぎ、いざ出陣。それでも、蚊はやってくるが、先ほどよりはだいぶましになった。公園の中には、道順にそって数々の石碑やモニュメントが展示してある。３体の巨石人頭像、ジャガーのモザイク（お墓）なども移築保存されていて見所満載だった。隣には動物園もあり、ジャガーやコンゴウインコなども見れてとても楽しかった。But！ケツァル鳥がおらんかった。（TOT） </tt></p>
<p><tt>そして遺跡公園をでるころ、もう太陽は頂点に達しようとしていた。まだ時間もあるので、ヴィジャエルモサの街を散策する。まぁ重たい荷物を背負ったままだが。休み休み歩いていると、ふと気付いたことがあった。メキシコやオアハカの街と比べて、やけに緑が多いなぁと。それゆえに、ヴィジャエルモサと呼ばれるのじゃないかなと思ってみたり。 </tt></p>
<p><tt>再びバスターミナルに戻ってきた。１５時。え～とメキシコシティ行きのバスはと・・・、なに！早くても１７時半。う～もう疲れたし、ターミル内で暇をつぶすそう。</tt></p>
<p><tt>１７時半のチケットを購入して、コーヒーを買いまったぁり～、まぁったぁり～～～～。・・・・・</tt></p>
<p><tt>１７時半、ようやくバスが出発。メキシコまでは１３時間もかかるので、今日はバスの中で一泊することとなる。 はぅ～、今日はなんか疲れたぁなぁ。では、おやすみなさい。</tt></p>
<p align="right"><tt>ZZｚ</tt>&nbsp;</p>
<br />
<br />
<hr />
<p><img height="170" alt="オルメカ人頭象" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico116.jpg" /><img height="170" alt="ガラガラヘビに乗った戦士" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico118.jpg" /><img height="170" alt="オルメカ人頭象" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico120.jpg" /><img height="170" alt="ジャガーのモザイク" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico119.jpg" /></p>]]></content:encoded>
    <dc:subject>2004 [メキシコ]</dc:subject>
    <dc:date>2004-10-06T19:00:00+09:00</dc:date>
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    <title>2004 Mexico - 10</title>
    <description>
パレンケ　Palenque
　パレンケ。そこは、マヤ遺跡のなかでも最も名高く、最も重要な場所である。マヤを知る人にとって、そこは一種の聖地のようであり、一度は訪れたいと思っているはずである。古代においても、パレンケは四大都市の一つに数え上げられていた。当時パレンケ遺跡がどのように呼ばれていたか...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<font face="Courier New">
<h3>パレンケ　<em>Palenque</em></h3>
<p><tt>　パレンケ。そこは、マヤ遺跡のなかでも最も名高く、最も重要な場所である。マヤを知る人にとって、そこは一種の聖地のようであり、一度は訪れたいと思っているはずである。古代においても、パレンケは四大都市の一つに数え上げられていた。当時パレンケ遺跡がどのように呼ばれていたかは分からないが、紋章文字の上では「骨」を表す「バーク」の文字が使われている。パレンケの近くには、アグア・アスル（青の水）という滝が存在しており、最近のマヤ文字の研究成果によると、古代でもこのあたり一帯を「ラカム・ハ（大きな水）」と呼んでいたことが分かってきている。しかし、それがパレンケの都市自体を示しているのかは不明である。 </tt></p>
<p><tt>・・・さてはて、余興はここまでにして旅の話しに戻すことにしよう。 </tt><br />
<img height="170" alt="碑銘の神殿" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico106.jpg" /><br />
<hr />
<br />
朝7時に目が覚めた。昨日はとても有意義な一日だった。もう感動の嵐。今日は今回の旅の最終目的地パレンケ。古典期マヤ四大都市の内の一つ。現在のパレンケの町は、その遺跡の存在によって潤っている。町から遺跡へは、コレクティーボと呼ばれる乗合バスで20分程度で行けた。ここも世界遺産の一つに数えられており、遺跡の管理は、メキシコ歴史学民族学研究所（INAH）の手によって行なわれている。　</p>
<p><tt>入場料35ペソを払い、ゲートをくぐる。木々に囲まれた小道を抜けると、右手に石済みの建造物群が見えた。ついに来たぞ。もうすでに心は躍っていた。その建造物群に口が開いている場所がある。その穴にとても興味をそそられ近づいて行くと、隣には超有名な碑銘の神殿があるであないですか！もしや！？と思い、その穴の中へと入っていた。案の定そこには、故意に明けられた石室あった。</tt></p>
<p><tt><img height="330" alt="赤の女王の部屋" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico107.jpg" /><br />
まさしくそこは、近年発見された<span class="style4"><strong><font color="#cccccc">「赤の女王」</font></strong></span>墓だった。発見された当時、石室内部が真っ赤に染められ、多くの副葬品とともに被葬者自身も深紅に染まっていた。私が訪れたときには、もう副葬品も遺骨も存在していなかったが、石棺内の朱はそのままだった。 赤の女王の墓を出て、次は碑銘の神殿だぁ！と意気込んでいると、なんとっ！周りには柵がしてあって入れないではないですか。</tt></p>
<p><tt><span class="style3"><strong><font color="#ff0000" size="4">ガーン&sum;（￣□￣；）！！</font></strong></span> </tt></p>
<p><tt>ここでもか！やはり現在修復中のため中には入れないそうだ。ショック！あぁいとしのパカル王。あの石棺だけは見たかったのにぃ。よしっ！次回来た時は必ず見よう。なんとしても見よう。誰がなんと言っても見よう。よしっ決めた！ </tt></p>
<p><tt><img height="170" alt="神殿内部" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico109.jpg" /><br />
次に向かったのは、宮殿と呼ばれる場所。ここは、柱や壁に多くのレリーフが刻まれ、ところどころに彩色された漆喰が残っていた。宮殿内部１の写真に見られるように、パレンケではT字型の窓が作られている。マヤ文字の中でよくT字状の要素がみられるが、それはIk&rsquo;＝風である。パレンケでそのような窓が採用されたのには、何らかの意味があるのだろうか。この宮殿内部１の写真は、テオベルト・マーラーによって20世紀初頭にすでに写真に撮られているが、その当時の写真では、持ち送り式アーチ（擬似アーチとも言う）に渡してある丸太が存在していたが、今ではもう無くなっている。さらに奥へ進むと地下へと続く階段があり、僕はそれを降りていった。狭く天井の低い通路を抜けると、上にあったような持ち送り式の細い部屋がいくつもあった。それをぬけると外に出てしまった。 </tt></p>
<p><tt>暑い。日差し、そして湿気。それらが折り重なって僕の体から体力を奪っていく。だが心は満たされていた。えもいわれぬ充実感。古代の息吹を感じていた。宮殿を後にして、次に十字グループに向かうことにした。 十字グループ。それは、十字のピラミッド、葉の十字のピラミッド、太陽のピラミッドの三つのピラミッドを指す。それぞれ頂上の神殿内部に置かれた石碑のレリーフから名付けられた。これらの三つのピラミッドは、パカル大王の息子チャン・バラム2世の治世にほぼ同じくして建設された。十字、葉の十字に描かれたレリーフは、パカル王の石棺に描かれたレリーフとも関連が強い。もしかしたら、碑銘の神殿のように地下に石室が存在しているのかもしれない。と思いながら眺めていた。葉の十字のピラミッドを登っていると、下から呼び止められた。声の主は、ダンディなアメリカ人のおっちゃんだった。なんでもこんなところに東洋系（日本人も含む）がいることが珍しいから声をかけたのだそうだ。その人は、家族と旅行としてメキシコをいろいろ見て回っているそうだ。</tt></p>
<p><tt>そのあと、球戯場や幾つかの神殿ピラミッドを見て回って、いったん外に出ることにした。喉が渇き、腹が減ったからだ。ゲートの外に出店がいろいろ出ていて（お土産やばっかりだが・・・）、そこで調達することにした。ゲートを出ると、さっきのおっちゃんもいて、「ココナッツおいしいよ」と言うので、僕もそうすることにした。あ～、喉が癒される。おっちゃんたちは、これからアグア・アスルに行くから一緒にどうだと言われたけど、僕にはやらなくてはならないことがあったので、悪いと思いつつ断ることにした。それはパレンケで絵を描かなくては！と今回の旅を考えたときに計画していたものだった。 </tt></p>
<p><tt>再びゲートをくぐり遺跡へと向かう（再入場OK）。でもなかなかいい題材がない。碑銘の神殿にしようと宮殿に腰をおろしたら、うとうとしてしまい、眠ってしまった。レリーフのある柱にもたれかかってしまったため、ガイドの人に怒られてしまった。すみません。悪気はなかったのです。で結局、葉の十字の神殿から宮殿に向かった景観を描くことにした。 </tt></p>
<p><tt>描き終わると日も傾き始めたので、またパレンケの町に戻ることにした。っと、その前に博物館によって見たが、なんとここでも展示替え中で、ほんのちょっとしか遺物が見れなかった。 </tt></p>
<p><tt><span class="style3"><strong><font color="#ff0000" size="4">ガーン&sum;（￣□￣；）！！</font></strong></span>（本日二度目） </tt></p>
<p><tt>はぅ～。もうだめだめじゃん。 </tt></p>
<p><tt>帰りに、明日のバスのチケットを予約してホテルに戻った。明日は、朝早い（それしかなかった）。今日もいつものレストランで食事して、ぶらぶら散策。そしておやすみなさ～い。 </tt><br />
&nbsp;</p>
<hr />
<p><img height="170" alt="石棺" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico108.jpg" /><img height="170" alt="宮殿" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico111.jpg" /></p>
<p><img height="170" alt="宮殿内部" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico110.jpg" /><img height="170" alt="太陽のピラミッド" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico112.jpg" /><img height="170" alt="十字のピラミッド" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico113.jpg" /><img height="170" alt="十字グループ" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico115.jpg" /></p>
<p><img height="170" alt="球戯場" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico114.jpg" /></p>
<!-- InstanceEndEditable --></font>]]></content:encoded>
    <dc:subject>2004 [メキシコ]</dc:subject>
    <dc:date>2004-10-05T19:00:00+09:00</dc:date>
    <dc:creator>第三の眼</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
    <dc:rights>第三の眼</dc:rights>
  </item>
  <item rdf:about="http://sakbe2.blog.shinobi.jp/2004%20-%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3-/2004%20mexico%20-%2009">
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    <title>2004 Mexico - 09</title>
    <description>朝4：50に目覚める。５：30に出発するということだった。身支度をして外にでると、一人の女性が立っていた。なんと日本の方だった。かなりびっくりしたが、正直言うととても不安だったのでありがたい存在だった。彼女は大阪学院大学（確かそうだった）の学生で、民族学を専攻していて卒論のためにやってきたそうだ。古...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><tt>朝4：50に目覚める。５：30に出発するということだった。身支度をして外にでると、一人の女性が立っていた。なんと日本の方だった。かなりびっくりしたが、正直言うととても不安だったのでありがたい存在だった。彼女は大阪学院大学（確かそうだった）の学生で、民族学を専攻していて卒論のためにやってきたそうだ。古代文化というよりも現代の先住民の生活などに興味があるそうだ。僕も同じようなもので、専攻はもっぱら古代になってしまうが、同じ民として同行することとなった。　</tt></p>
<p><tt><img height="330" alt="ポサダキン" width="240" align="right" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico082.jpg" /><br />
7：00頃、途中いろいろな人たちを乗せて走っていたミニバス（コンビと同じ車種）が、レストランの前で停車。ここで朝食になるそうだ。僕らは、食事代もすべて込みで、ツアーに参加していた。しかしツアーコンダクターの人に呼び止められて、お金を払えと言う。でももう払ってあると言うと。 「ティカル？」と言うので、 僕は、「ノー、ノー。ヤシュチラン。」と答えると、 理解していただけたようで、ようやく朝食にありつけることとなった。どうもボナンパック・ヤシュチランのツアーとグアテマラのティカルに行くツアーが一緒になっているようだ。あぁ～僕もティカルまで行きたいなぁ。でもそんな予算も時間も無いので、今回はボナンパックとヤシュチランで我慢しよう。朝食を済ませ、出発すると一台のトラックが停まっていた。その荷台には数人のライフルを持った軍人が乗っている。何事かと思っていると、たいしたことではなく、このあたりはいろいろと物騒なので警備していると言う話しだった。結構旅行者が襲われるらしい。彼らは、快く話しをしてくれたし、写真も撮らせてもらった。 </tt></p>
<p><tt>そこから長い一本道を行くと、一つの分岐点に差し掛かった。途中、幾つか草や木に埋もれた神殿の跡と思われるところを通っていった。まだ多くの遺跡が土に埋もれているんだなと実感した。その分岐点から二手に分かれるようだ。一つの道はヤシュチランに続いているようだ。うちらはそちらではなく、もう一方の道に入っていった。</tt></p>
<p><tt>ティカル組みがヤシュチランへの道に去っていった。うちらの道は、どうやらボナンパックに行く着くようだ。数十分して道がなくなり、ガタガタ道のジャングルの中を車は突っ走っていく。「やっぱりこうなるのね。」と思いながら半分楽しんでいた。9時半にボナンパックに到着。うっそうとしたジャングルの真っ只中に下ろされた。ピラミッド群はまだ見れない。でも入り口には、INAHの看板もありここが遺跡であることは間違いないようだ。小道を進んでいくと、見えてきた！ボナンパックの中心グループの神殿ピラミッド群だ。</tt></p>
<p><img height="170" alt="神殿ピラミッド" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico087.jpg" /></p>
<p><tt>ピラミッドの前のプラザ（広場）には。ジャガーの祭壇や巨大なステラ（石碑）が幾つか見られた。この神殿ピラミッド群を形成しているアクロポリスは、幾つかの神殿が重なり合っている。まず中腹にある正面右手にある神殿Ⅰは、かなり重要で、マヤ地域でも珍しく壁面装飾が色鮮やかに残されている。</tt></p>
<p><img height="170" alt="神殿Ⅰ" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico090.jpg" /></p>
<p><tt>この神殿Ⅰには３つの部屋があり、正面左から順に、1，２，３と番号が付けられている。その部屋すべてが壁面全体に装飾が施されていて、圧巻だ。これでも発見された当時はもっと彩色が鮮やかであったらしい。それが今ではだいぶ色あせてきているようだ。これらの装飾の中でも、ルーム２のものは、古典期マヤ文明感を大きく変えたものとして有名である。５０年前までは、一般的にマヤは平和な民族で、戦争を好まず自然とともに生きていたと信じられていた。しかし、このボナンパックでの発見によって、それが一転し、世界中のどの民族と同じようにマヤでも戦争を行っていたことが明確となった。そんな貴重な資料をこの眼で見れるなんて！心は打ち震えてていた。感動ぉ～！しかも部屋の内部だけでなく、リンテルと呼ばれる入り口のまぐさ石にも浮き彫り彫刻され、なおかつ彩色もされている。 </tt></p>
<p><img height="170" alt="神殿から" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico093.jpg" /></p>
<p><tt>そう長くも居られないので、眼にしっかりと焼付け、ネガにも焼付け、その場を後にすることに。これだからツアーは嫌なんだよなぁ。ピラミッドの頂上まで来ると、今まであった森林が晴れてあたりを見渡すことができる。眺めは格別だ。時計を見る。おっやばい！もうすぐ集合時間だ。あわてて戻ると、すでに他のメンバーは、待っていた。</tt></p>
<p><tt>・・・また来たいな。次は、ヤシュチランへと向かう。</tt></p>
<hr />
<p><tt>再び、ティカル組みと別れた分岐点にやってきた。今度はちゃんとヤシュチランの方へと向かうようだ。幾つかの地元の人の集落を通り過ぎ、フロンテラ・エチェバりアという町にたどり着いた。その町は、メキシコとグアテマラとの国境でもあるウスマシンタ河に隣接している。対岸はもうグアテマラだ。ティカルへもこの河を越えて向かう。ヤシュチランへは、ウスマシンタ河を北へ下っていけばよい。本来ここで舟をチャーターすると8000円ぐらいするのだが、ツアー料金に舟代が含まれているので心配ない。（ツアー料金は約5000円）　</tt></p>
<p><tt>パスポートを提示して、舟に乗り込んだ。ここでも警備が厳しい。ボートで約1時間。着岸し、うっそうとした熱帯雨林の中を進んでいく。ホエザルの雄叫びが響き渡る森に、それはあった。暗く狭い小道を行くと、突然目の前に石積みされたモニュメントが現れた。ここか！！ </tt></p>
<p><tt><img height="170" alt="ヤシュチラン入口" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico098.jpg" /><br />
それはまだ、その遺跡のほんの一角に過ぎなかった。一つの建造物を登りきると、目の前にグランドプラザが広がる。その中央広場には多くの石碑や祭壇が建ち並び、周りには球戯場や神殿が建ち、広場を囲っている。ヤシュチランの球戯場Ⅰは、特徴的でボールコートマーカーがプレイエリア内に5つ、ベンチ上に2つ存在している。それらのマーカーの表面には、レリーフが刻まれていたが、磨耗しきっていてすでに判読できなくなっている。神殿のリンテルには、マヤ文字がぎっしりと刻まれていた。ヤシュチランのリンテル芸術はとても優れおり、中でもリンテル24，25はとても素晴らしく、盾ジャガー王の妃であるカバル・ショーク王妃の放血儀礼の場面が描かれてる。しかし、それは今ではメキシコではみれない。なぜなら大英博物館へ持っていかれたからである。まぁそれだけ美術的価値が高いという証拠だろう。 </tt></p>
<p><tt><img height="170" alt="大階段" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico102.jpg" /><br />
中央広場から長く巨大な階段を登ると、神殿33に行き着く。この神殿は、7５２年に即位したトリジャガー4世によって建てられた。その神殿の前には、13枚のパネルが置かれている。所謂神聖文字階段Ⅱと呼ばれるそのパネルは、古典期マヤの球戯に関する重要な彫刻が施されている。これは、私が大学の卒業論文として発表したことであるが、話しは長くなるのでまた場所を改めて述べたいと思います。 </tt></p>
<p><tt>まぁ、それらのパネルは、トリジャガー4世が自分の王権の正当性を示すために造られた。そしてそこに描かれた球戯は、球戯場で行なわれていたのではなく、神殿33の前にある階段で行われていた。っと言うことを明らかにしたわけですが。 </tt></p>
<p><tt>この神殿33の下には、墓が発見されている。しかしまだそれが、誰であるのかはわかっていない。もしかしたらトリジャガー4世かもしれないが、それは定かではない。神殿の内部には、神像が安置されている。マヤ人にとって、守護神でもある神像を奪われることは、とても屈辱的なことであった。ある都市間の戦争において、各都市の守護神の神像を奪うことが目的とされていたこともある。 </tt></p>
<p><tt>ん？おっとっと。なんだか旅行記じゃなくなってきてしまった。いかん、いかん。また旅の話しに戻ります。 </tt></p>
<p><tt>その神殿33の裏手には、まだ道が続いており、さらに奥に進むことにした。森林は、縦横無尽に根を張り我々の道を阻んでいく。その道のりにおいて、多くの神殿があったが、ほとんどが木々によって侵食され、倒壊寸前であった。なんだか時代の流れを感じる。ヤシュチランが栄えていた古典期後期（AD６００～９００）の間は、こんなにもジャングルになってはいなかったはずだ。その土地に人が住まなくなって幾星霜。過去の遺産は森へと帰っていく。現代社会において、今ではそれが当たり前であるが、何らかの原因ですべてが崩壊し、人々はその土地を見捨て、忘れ去られてしまえば、古典期マヤ文明と同じ道を歩むのではなかろうか。そんなことをつい考えてしまう。そうこうするうちに、再び船着場に戻ってきた。まだ集合時間には早かったが、喉がからからで遺跡を管理している人が、水を販売していたので、それをいただくことにした。ぷはぁ～。生き返るぅ。それにしても暑すぎる。蚊もひっきりなしに襲い掛かってくるし・・・。 </tt></p>
<p><tt>そうしてまたボートで1時間。エチェバリアに着き、そこで昼食となった。ここでもトルティージャだったが、中にはさむ具は豊富でとても美味しかった。中でもチュゲとよばれるものは、めちゃめちゃ辛く、火を噴きそうだったが、何度か食べているうちに、慣れてきて逆に美味しく感じられるようになった。辛いんだけど、うまい。ちょっとはまってしまったかも。そして、我々はパレンケに戻ることとなった。ひたすら長い一本道を行く。パレンケに着く頃には、日は沈みかけていた。永遠に続く緑のじゅうたんが赤く染まっていく。ちょっと幻想的な風景がそこにあった。 </tt></p>
<p><tt>疲れたぁ～。宿に戻ると、すぐにベットに沈んでいった。1時間あまり眠っていたようだ。ぐぅ～。お腹がすいた。ちょっと、町を散策してみるかな。なにやら今日は騒がしい。なんとサンクリスト・サンフランシスコのお祭りだそうだ。町の中心地のソカロにも多くの人が集まっている。なんだかいろいろとお祭りにあたってるなぁ。と思いながら、僕も一緒になって楽しんでしまった。 </tt></p>
<p><tt>夕飯は、昨日美味しいレストランを見つけたので、そこでまたお世話になることにした。定員さんも覚えてくれていたみたいで、とても気楽に注文することができた。なんと言ってもここのココアは美味い。各地域で一度はココアを頼んできたが、このレストランのが一番だった。ここで食事をしていると、いきなり雷鳴があたりにこだました！ゴロゴロ五郎。</tt></p>
<p class="style3"><tt>ピカ☆</tt></p>
<p><tt>とするとザザーと滝のような雨が降り出した。スコールだ。こんな日にもお構いなしだな。メキシコ人もメキシコ人だ。逆に楽しんでるし。1時間もたたないうちに、雨は上がり、再びもとの活気が戻ってくる。何事も無かったように・・・ </tt></p>
<p><tt>そして宿へ戻った。今日はいろいろあったな。明日は、パレンケの遺跡を見に行こう。</tt>&nbsp;</p>
<p>＜ボナムパック＞<br />
<img height="170" alt="護衛者" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico083.jpg" /><a onmouseout="MM_swapImgRestore()" onmouseover="MM_swapImage('Image4','','../../../images/weblog/world/2004mexico/2004mexico085.jpg',1)" href="http://sakbe2.syuriken.jp/weblog/world/mexico2004/mexico20041004.html#"><img id="Image4" height="170" alt="ボナムパック" width="240" border="0" name="Image4" osrc="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico084.jpg" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico084.jpg" /></a></p>
<p><a onmouseout="MM_swapImgRestore()" onmouseover="MM_swapImage('Image5','','../../../images/weblog/world/2004mexico/2004mexico094.jpg',1)" href="http://sakbe2.syuriken.jp/weblog/world/mexico2004/mexico20041004.html#"><img id="Image5" height="330" alt="石碑とゴムの木" width="240" border="0" name="Image5" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico086.jpg" /></a><a onmouseout="MM_swapImgRestore()" onmouseover="MM_swapImage('Image7','','../../../images/weblog/world/2004mexico/2004mexico089.jpg',1)" href="http://sakbe2.syuriken.jp/weblog/world/mexico2004/mexico20041004.html#"><img id="Image7" height="330" alt="石碑" width="240" border="0" name="Image7" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico088.jpg" /></a><img height="330" alt="リンテル" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico091.jpg" /></p>
<p><img height="170" alt="Room1" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico095.jpg" /><img height="170" alt="Room２" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico092.jpg" /><img height="170" alt="Room3" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico096.jpg" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<hr />
<br />
<p>＜<font face="Courier New">フロンテラ・エチェバりアの船着き場</font>＞<br />
<img height="170" alt="ウスマシンタ河" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico097.jpg" /></p>
<hr />
<p>＜ヤシュチラン＞<br />
<img height="170" alt="神殿" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico099.jpg" /><img height="170" alt="球戯場" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico100.jpg" /><img height="170" alt="神殿３３" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico101.jpg" /><img height="170" alt="パネル６" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico104.jpg" /><img height="170" alt="パネル７" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico103.jpg" /><img height="170" alt="パネル８" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico105.jpg" /></p>]]></content:encoded>
    <dc:subject>2004 [メキシコ]</dc:subject>
    <dc:date>2004-10-04T19:00:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://sakbe2.blog.shinobi.jp/2004%20-%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3-/2004%20mexico%20-%2008">
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    <title>2004 Mexico - 08</title>
    <description>朝6時に目が覚めた。昨日はほとんどバスの中で疲れてしまった。今朝のソカロは昨夜と打って変わって、静けさだけが漂っていた。気持ちの良い朝だ。ホテルの前のレストランで朝食を済まし、今日が始まる。 
まずは、トニナ遺跡の詳細の場所がわからないので、タクシーを捕まえていくことにした。タクシーで約30分あま...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><tt>朝6時に目が覚めた。昨日はほとんどバスの中で疲れてしまった。今朝のソカロは昨夜と打って変わって、静けさだけが漂っていた。気持ちの良い朝だ。ホテルの前のレストランで朝食を済まし、今日が始まる。 </tt></p>
<p><tt>まずは、トニナ遺跡の詳細の場所がわからないので、タクシーを捕まえていくことにした。タクシーで約30分あまり、意外と近かった。入り口には博物館も建っている。荷物を預け最初に博物館を見学することにした。僕が最初の来館者のようでまだいろいろと準備をしていたが、快く入れてくれた。それに外国人がここを訪れるのは、あまり無いようでとても珍しがられた。まぁ日本人が来ることはめったに無い。博物館には多くの石碑や祭壇などの石造彫刻品や、土器や石器などの道具類が展示してあった。それらの彫刻品のデザインは、まさしくマヤ美術そのものだった。ついに来たんだ。そんな思い出いっぱいだった。　</tt></p>
<p><tt><img height="170" alt="トニナー" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico075.jpg" width="240" /><br />
ここトニナは、マヤ諸センターの中でも最も西に位置し、地形区分も古典期に栄えたマヤ中部低地ではなく、マヤ南部高地に位置付けられる。そしてこの遺跡の最も有名であることは、古典期に見られる最後の日付を持った祭壇の存在だ。古典期終末期、最盛期を迎えていた諸センターが、100年の年月をかけ次々と放棄されていき、１０．３．０．０．０（AD909年）のカトゥンの終了を記念した祭壇を最後に、それ以後の日付は石碑などに見られなくなる。これを持って古典期マヤ文明は崩壊したとみなされている。以後その中心地は、マヤ北部低地及び南部高地へと移っていき、後古典期と呼ばれる時代へ入っていく。 </tt></p>
<p><tt>一通り博物館を堪能し、いざ遺跡へ！・・・っと思ったが、博物館からは少し距離があるそうだ。どこへ行けばよいのか分からなかったが、博物館の職員の人が遺跡へ調査に行くところで一緒に連れて行ってもらった。その人は、メキシコで最高の学術調査機関であるINAH（国立民族学歴史学研究所）の人だった。 遺跡の入り口には、小型の模型が野ざらしに展示してある。小川を越えるとすぐに半地下式の球戯場に行き着く。マヤ地域で半地下式の球戯場は珍しい。マヤ中部低地ではほとんど見られない。しかしベンチの造り方などはウスマシンタ側流域の遺跡のものと同じである。この球戯場は、半分だけ整備されており、半分は草が生い茂っている。なんで？と思ったがそれがメキシコ流なのだろう。うん、そうしておこう。 </tt></p>
<p><tt>球戯場を登りきると目の前に、でぇ～んとグランドプラザがそびえ立っていた。まさしく神殿ピラミッドは、山！ウィッツだ！その一角に内部が見れる入り口を発見。その入り口の壁には、いくつか十字型の窓が空けられている。とりあえず入ってみることに。入り口付近には照明設備があったが、奥には何も無く真っ暗だった。ライトを照らし、さらに奥に入っていく。何度か蝙蝠に襲われながら、奥へ奥へと進んでいった。内部はかなり複雑で、縦横無尽に通路が通っているが、部屋という空間の存在は確認できなかった。そのマヤの持ち送り式アーチの通路を進んでいくと、上へと登る階段を見つけた。その階段を上がり、外にでるとすでに自分はピラミッドの中腹にいることがわかった。そんなにあがったという記憶が無いのだが、通路自体が徐々に上昇していたらしい。そして、目線をピラミッドのほうへを移すと、ででぇ～んと、ピラミッドの壁にモザイク状の装飾が、目に飛び込んできた！すごい！「これがトニナか」と思えるほど印象的だった。 </tt></p>
<p><tt>今度はピラミッドの外壁を登っていく。急角度の階段を上り詰めた先には、多くの神殿群が建ち並んでいた。神殿の脇には、ベンチを伴った方形に区画された場所がいくつかある。それは、部屋としての機能があったのだろう。ところどころに赤く彩色された漆喰が残っていたが、多くは剥がれ落ち、中の石積みが露出している。その昔は、ピラミッド全体が白い漆喰に覆われ、色鮮やかな装飾が施されていたのだろう。そう考えると、とても時代の流れを感じる。そんな中、一つの漆喰装飾の最高傑作が、このトニナにある。</tt></p>
<p><tt><img height="170" alt="夢の世界のレリーフ" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico079.jpg" width="240" /><br />
それは、「夢の世界」と呼ばれる漆喰壁画で、現実世界ではない冥界において、足に亀の甲羅をつけた骸骨が、フン・アハウの首を持っている場面が描かれている。（この図像表現はテオティワカンの壁画にも見られる。）ここに描かれた場面は、まるでポポル・ブフの中で、双子の英雄が地下世界シバルバーの神々からの試練を受けている場面を描いているようだ。 ピラミッドの頂上にやってきた。ここからは遺跡全体だけでなく盆地全体が見渡せる。当時の王（アハウ）たちは、いつもこんな景色を見ていたのだろうか。今とは周りの環境は違うだろうが、そんなことを思いながら僕も遠くを眺めていた。 </tt></p>
<p><tt>再び地上に舞い降りると数十人の団体客が訪れていた。軽く会釈をしてその場を後にする。博物館前にコンビ（乗合バス）が来るということだったので、博物館の人たちと話をしながらそれを待った。数十分して、コンビに乗り込み、またオコシンゴの町に戻ってきた。次はパレンケと思ったが、ここからはパレンケまでの長距離バスは出ていないみたいだった。どうしようか迷っていると、タクシーの運転手がパレンケまで行く人を募っている。ちょっと割高になるが、それを利用することにした。100ペソといわれたが、パレンケに着いたとき僕ともう一人乗っていたので、二人でそれを割ることができた。 </tt></p>
<p><tt>パレンケに着いたとき、そこはかなり蒸し暑かった。いつのまにか、熱帯地方に着いていたようだ。「うわぁ。こんなにも違うのか。」 日本の夏よりもひどいかもしれない。まぁとりあえず宿を探すことに。あまり当てが無かったので、地球の歩き方にのっていたポサダ・キンというところにした。それなりに良かったが、お湯がでず、シャワーは寒かった。そのホテルから明日、ボナンパックとヤシュチランに行くツアーがあるというので、それに参加することにした。明日は早い。少し町をぶらついて、夕食を食べたあと、すぐに眠ってしまった。 </tt></p>
<div id="photo">
<p><img height="170" alt="球戯場" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico074.jpg" width="240" /><img height="170" alt="建造物" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico076.jpg" width="240" /><img height="170" alt="壁面装飾" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico077.jpg" width="240" /><img height="170" alt="漆喰ベンチ" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico078.jpg" width="240" /><img height="170" alt="頂上からの眺望" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico080.jpg" width="240" /><img height="170" alt="手形" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico081.jpg" width="240" /></p>
</div>]]></content:encoded>
    <dc:subject>2004 [メキシコ]</dc:subject>
    <dc:date>2004-10-03T19:00:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://sakbe2.blog.shinobi.jp/2004%20-%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3-/2004%20mexico%20-%2007">
    <link>http://sakbe2.blog.shinobi.jp/2004%20-%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3-/2004%20mexico%20-%2007</link>
    <title>2004 Mexico - 07</title>
    <description>朝６：００。バスは州都のトゥスクトラに着く。もうサンクリストバル・ラス・カサスに着いたかと思ったかが違っていた。８：５０ごろようやくサンクリスト・バル・ラス・カサスに着いた。
ここにはオアハカで別れた日本人の女性（Oさん）を探すためによってみたが、結局見つからずじまいだった。Oさんは数日ここにいる...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><tt>朝６：００。バスは州都のトゥスクトラに着く。もうサンクリストバル・ラス・カサスに着いたかと思ったかが違っていた。８：５０ごろようやくサンクリスト・バル・ラス・カサスに着いた。</tt></p>
<p><tt>ここにはオアハカで別れた日本人の女性（Oさん）を探すためによってみたが、結局見つからずじまいだった。Oさんは数日ここにいるということだったので、パレンケへはここを通るし、いろいろと情報交換をしたかったので、立ち寄ってみたが、見つからないのはしょうがない。縁が無かったということで・・・。</tt></p>
<p><tt>でもここサンクリストバルは、また独特の雰囲気があっておもしろかった。メルカードもほんとに市民のっていう感じでよかった。市内を半日ぶらぶらと過ごし、次の目的地であるオコシンゴのトニナー遺跡に向かうことにした。 </tt></p>
<p><tt>オコシンゴに着いた時には、すでに日が暮れており真っ暗だった。とりあえず宿を探すためにタクシーを捕まえて、とにかくホテルまで連れて行ってもらった。幾つかホテルはあったが、疲れていたのではじめに紹介されたところにする。ホテルの近くにソカロがあり、今日はそこでお祭りがあるようで、かなりにぎやかだった。お祭りの日は、ソカロに多くの出店が出展し、なんだか日本のお祭りみたいだった。あちこちで花火をやってるし。 </tt></p>
<p><tt>２３：００眠りにつく。 </tt></p>
<!-- InstanceEndEditable --><!-- InstanceBeginEditable name="photo" -->
<div id="photo"><img height="170" alt="オコシンゴの町" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico073.jpg" width="240" /></div>
<!-- InstanceEndEditable -->]]></content:encoded>
    <dc:subject>2004 [メキシコ]</dc:subject>
    <dc:date>2004-10-02T19:00:00+09:00</dc:date>
    <dc:creator>第三の眼</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
    <dc:rights>第三の眼</dc:rights>
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    <link>http://sakbe2.blog.shinobi.jp/2004%20-%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3-/2004%20mexico%20-%2006</link>
    <title>2004 Mexico - 06</title>
    <description>朝6時ごろ起きる。なんだかお腹が痛い。そう言えばテオティワカンに行ってから、どうも調子が悪かった。精神的ショックが大きかったからか？疲労がたまっているのだろうか？どうもそうではないらしい。食中毒みたいだった。たぶん「ウサギ」だな。たしか注文するときに半生を頼んだような・・・。そんなわけで、体力を相当...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><tt>朝6時ごろ起きる。なんだかお腹が痛い。そう言えばテオティワカンに行ってから、どうも調子が悪かった。精神的ショックが大きかったからか？疲労がたまっているのだろうか？どうもそうではないらしい。食中毒みたいだった。たぶん「ウサギ」だな。たしか注文するときに半生を頼んだような・・・。そんなわけで、体力を相当消耗することになった。 </tt></p>
<p><tt>7時ごろユースを出発。まだ朝日は登っていなかった。ミトラまでは第二バスターミナルからバスが出ている。 </tt></p>
<p><tt>ターミナルに着くと、いろいろなバスがここから出ているみたいで、どれに乗っていよいものか、どこで切符を買ってよいものかと迷っていると、親切な人（多分バス会社の人）が「どこに行くんだい？」と聞いてきたので、「Quielo　ir mitla.（ミトラに行きたい）」と答えると分かってくれたみたいで、すぐにバスを教えてくれた。「切符は？」とたずねるといらないということで、直接運転手に払うみたいだった。いざ！ミトラへ！！</tt></p>
<p><tt><a onmouseout="MM_swapImgRestore()" onmouseover="MM_swapImage('Image22','','../../../images/weblog/world/2004mexico/2004mexico050.jpg',1)" href="http://sakbe2.syuriken.jp/weblog/world/mexico2004/mexico20041001.html#"><img id="Image22" height="170" alt="" width="240" border="0" name="Image22" osrc="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico049.jpg" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico049.jpg" /></a><br />
数分乗っていると運賃の徴収が始まった。なんだ。走っているときに払うんだ。10ペソ（150円）。意外と安かった。1時間ほどして、ミトラに到着。町の中心から遺跡までは1，2Kmある。まだ朝早いせいか道には誰もいない。静かな朝の気配に浸りながら、遺跡までの道を歩いていく。途中にも古代の遺跡が点々としていた。遺跡に着くとまだ開園しておらず、スタッフの人がまだ準備をしていた。でも遺跡を見学したいと言うと快くチケットを販売してくれた。まだ開園まで時間もあるので、遺跡公園の範囲に入っていないところを見てまわることにした。そこには、Post　Colonial時代の教会が遺跡の中に建てられている。1520年にアステカ帝国を滅ぼしたスペイン人は、征服地を拡大するために様々な土地に教会を建てていった。彼からは、地元で進行していた宗教を邪教とみなし、それらをすべて排除していった。その行為の一つとして、古代の遺跡や建造物を壊し、そこに教会を建てていったのである。</tt></p>
<p><a onmouseout="MM_swapImgRestore()" onmouseover="MM_swapImage('Image11','','../../../images/weblog/world/2004mexico/2004mexico054.jpg',1)" href="http://sakbe2.syuriken.jp/weblog/world/mexico2004/mexico20041001.html#"><img id="Image11" height="170" alt="建造物" width="240" border="0" name="Image11" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico053.jpg" /></a></p>
<p><tt>このミトラは、幾何学的な装飾で有名で、ガラガラヘビの模様を真似たのではないかといわれる。ヘビは、メソアメリカにおいてかなり重要な存在である。特に地下世界、死後の世界といったものとの関係が強い。ここミトラでも神殿の下には多くの墓が発見されている。そんなミトラの幾何学装飾は、一種類ではなく幾つかあるようだ。そうやって眺めていると、一人の私と同じようにバックパックを担いだ人がやってきた。彼はアメリカから一人で歩いて旅をしているそうだ。すごいな。今度は僕も歩き旅か。 </tt></p>
<p><tt>そうこうすると遺跡公園へ入ることができるようになった。ここは、ミトラ遺跡でも中心地になるところで、神殿群が建ち並んでいる。壁面には赤く朱がまだ残っている。一部修復途中で作業員が一生懸命復元していた。それらの神殿の下には、墓室が造られおり、その幾つかは見学できるようになっている。中は真っ暗であったが、それは古墳探訪の賜物で懐中電灯は常備している。幾つかあった墓室の中でも、一つだけ特徴的だったのは、日本の古墳でも見られる枕石が作られていたものである。 </tt></p>
<p><a onmouseout="MM_swapImgRestore()" onmouseover="MM_swapImage('Image18','','../../../images/weblog/world/2004mexico/2004mexico065.jpg',1)" href="http://sakbe2.syuriken.jp/weblog/world/mexico2004/mexico20041001.html#"><img id="Image18" height="170" alt="玄室" width="240" border="0" name="Image18" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico064.jpg" /></a></p>
<p><tt>そうして、ミトラを後にして今度は近くにあるヤグール遺跡に向かうことにした。ヤグールは、ミトラから４，５ｋｍ離れたところにある。</tt></p>
<p><tt>ミトラからヤグールまでは、タクシーを使って向かうことに。というよりもタクシーの兄さんに捕まってしまい、乗せていってもらうことにしたのだった。途中検問があって、軍の人が「ポサポルテ」と何度も言うが何のことか分からず、四苦八苦していると、そのタクシーの兄さんが「パスポート」だと教えてくれた。そう言えば外国人はパスポートを見せなければならないんだったな。・・・問題なし。　</tt></p>
<p><tt>検問を通り過ぎ、ようやくヤグールへ。直接ヤグールではなく、他にもお客さんが乗っていたので、主要道の道沿いに降ろされた。そこからは長い一本道。遺跡に着くとまずは荷物を降ろしたかったから、管理人さんに預かってもらうことにした。ふぅ～。重たかったぁ。体が軽くなったところで、遺跡の背面にある小高い丘に登っていった。その丘にも埋葬施設があった。地面の下に墓室を造るのは、ミトラなどで見られたものと酷似していた。装飾の仕方も似ている。見終わって立ち上がったとき、天井が低いことを忘れていて、おもいっきし頭をぶつけてしまった。</tt></p>
<p class="style3"><tt>いってぇ～～～！！！<br />
　　<span class="style4"><font color="#cccccc">☆★☆（*0；）</font></span> </tt></p>
<p><tt>しかもそれを他の観光客にも見られてしまった。恥ずかしかった。そそくさとその場を後にして、頂上へ。うぅ～まだひりひりするぅ。でもそこからの景色は、絶景だった。さっきまでの痛みもふっとんでしまった。そこからは、ヤグールを一望できる。あぁ僕もここまで来たんだ。なんだか自分が今、日本ではなくメキシコにいるんだと実感する。 </tt></p>
<p><tt>遺跡は石造りの建築群が建ち並び、四方形に区画された場所の中央には、埋葬施設がある。それはモンテ・アルバンみたような感じだったが、中に施された装飾で、ミトラの幾何学装飾がされているものもあった。モンテ・アルバンは古典期後期までの遺跡であり、ミトラは後古典期からの遺跡である。そうするとヤグールの位置付けはどうなるのだろうか。ぬぬぬぅ～疑問だ。ここでの目玉はなんと言っても、大球戯場。メソアメリカにおいてヤグールの球戯場は最大級である。まぁ一番大きいのはチチェン・イツァの大球戯場ですが。あれは、ずば抜けて巨大である。それはさておいて、ヤグールの球戯場は、半地下式でベンチや斜面の作り方はモンテ・アルバンそっくりだが、中央には球戯場マーカーが置かれている。それは、どちらかというとマヤ的な球戯場だ。モンテ・アルバンにはマーカーは見られなかった。もしかすると元々あったが、何らかの理由で紛失したのかもしれないが、それは定かではない。それにもう一つヤグールにあった石造彫刻品にマヤ的なものがあった。こう見てくるとオアハカ地方とマヤ地方で結構文化的交流があったのでないかと思えてくる。そこで出てくるのがテオティワカンの存在である。オアハカとテオティワカン、マヤとテオティワカンとでは、良くその文化的交流は示唆されているが、マヤとオアハカの間ではあまり聞かれない。そこら辺についてはもう少し詳しく調べてみる必要があるようだ。 </tt></p>
<p><tt>一通りヤグールを見終わり、再び長い一本道を戻ることにした。バスは主要道で待っていれば来てくれるということだった。 </tt></p>
<p><tt>来た来た。それに乗り込んでまたオアハカに戻っていった。時間もまだあるし、街中をぶらつくことに。今日は２０：００のサンクリストバル・ラス・カサス行きのバスに乗る。バスの中で一夜を明かすことになりそうだ。そうするとだいぶ本来の目的地であるマヤ地方に近づてゆく。もうすぐだ！ ひた走る一等バスに揺られながら、眠りに落ちていった。</tt></p>
<p align="right"><tt>ZZZz&hellip;</tt></p>
<!-- InstanceEndEditable --><!-- InstanceBeginEditable name="photo" -->
<div id="photo">
<p>&nbsp;＜ミトラ＞<br />
<a onmouseout="MM_swapImgRestore()" onmouseover="MM_swapImage('Image21','','../../../images/weblog/world/2004mexico/2004mexico051.jpg',1)" href="http://sakbe2.syuriken.jp/weblog/world/mexico2004/mexico20041001.html#"><img id="Image21" height="170" alt="ミトラの町並み" width="240" border="0" name="Image21" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico052.jpg" /></a><a onmouseout="MM_swapImgRestore()" onmouseover="MM_swapImage('Image10','','../../../images/weblog/world/2004mexico/2004mexico056.jpg',1)" href="http://sakbe2.syuriken.jp/weblog/world/mexico2004/mexico20041001.html#"><img id="Image10" height="170" alt="建造物" width="240" border="0" name="Image10" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico055.jpg" /></a><img height="170" alt="サボテンと中心広場" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico057.jpg" /><a onmouseout="MM_swapImgRestore()" onmouseover="MM_swapImage('Image9','','../../../images/weblog/world/2004mexico/2004mexico058.jpg',1)" href="http://sakbe2.syuriken.jp/weblog/world/mexico2004/mexico20041001.html#"><img id="Image9" height="170" alt="メイン建造物" width="240" border="0" name="Image9" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico059.jpg" /></a><a onmouseout="MM_swapImgRestore()" onmouseover="MM_swapImage('Image20','','../../../images/weblog/world/2004mexico/2004mexico061.jpg',1)" href="http://sakbe2.syuriken.jp/weblog/world/mexico2004/mexico20041001.html#"><img id="Image20" height="170" alt="神殿" width="240" border="0" name="Image20" osrc="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico060.jpg" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico060.jpg" /></a><img height="170" alt="内部" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico062.jpg" /></p>
<p>&nbsp;<img height="330" alt="お墓入口" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico063.jpg" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<hr />
<p>＜ヤグール＞<br />
<img height="170" alt="ヤグールへの道" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico066.jpg" /><a onmouseout="MM_swapImgRestore()" onmouseover="MM_swapImage('Image17','','../../../images/weblog/world/2004mexico/2004mexico069.jpg',1)" href="http://sakbe2.syuriken.jp/weblog/world/mexico2004/mexico20041001.html#"><img id="Image17" height="170" alt="ヤグール全景" width="240" border="0" name="Image17" osrc="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico067.jpg" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico067.jpg" /></a><img height="170" alt="頭は気をつけて！" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico068.jpg" /><img height="170" alt="球戯場" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico070.jpg" /><img height="170" alt="トゥンバ！" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico071.jpg" /><img height="170" alt="石彫" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico072.jpg" /></p>
</div>]]></content:encoded>
    <dc:subject>2004 [メキシコ]</dc:subject>
    <dc:date>2004-10-01T19:00:00+09:00</dc:date>
    <dc:creator>第三の眼</dc:creator>
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  <item rdf:about="http://sakbe2.blog.shinobi.jp/2004%20-%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3-/2004%20mexico%20-%2005">
    <link>http://sakbe2.blog.shinobi.jp/2004%20-%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3-/2004%20mexico%20-%2005</link>
    <title>2004 Mexico - 05</title>
    <description>朝7時。今日はモンテ・アルバンに行くことにした。本来ならミトラに行ってから、最後にモンテ・アルバンに行くことにしていたが、一緒にオアハカまでついてきてくれたYさんが、明日メキシコ北部の方へ向かうということで、モンテ・アルバンは見ておいたほうが良いという僕の提案で、そうする事にしたのであった。　
モ...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><tt>朝7時。今日はモンテ・アルバンに行くことにした。本来ならミトラに行ってから、最後にモンテ・アルバンに行くことにしていたが、一緒にオアハカまでついてきてくれたYさんが、明日メキシコ北部の方へ向かうということで、モンテ・アルバンは見ておいたほうが良いという僕の提案で、そうする事にしたのであった。　</tt></p>
<p><tt>モンテ・アルバンには、ホテルが運営しているシャトルバスが随時出ている。僕らは８：００発のバスに乗り、そのバスは山間のかなり狭い道を登っていった。何の舗装もされていないでこぼこの道で、車体は左右に上下に激しく揺れる。すぐ隣は断崖絶壁。あぁ～ぁ～。横転したらお終いだな。 </tt></p>
<p><tt>そんな道をどんどん登っていく。景色はかなりいい。途中地元の人の村が幾つかあった。こんなところにも人が住んでいるんだ。もしかしたら、モンテ・アルバンを築いたサポテカ人かミシュテカ人かもしれない。そんなことに思いをはせていると・・・、見えてきた！あれがモンテ・アルバンだ。モンテ・アルバンという遺跡を形成している建造物の一部が見えてきた。 </tt></p>
<p><tt><img height="170" alt="モンテアルバン入口" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico032.jpg" /><br />
入園料は35ペソ（約500円）。遺跡に隣接して博物館も建てられている。正面を入ってすぐに、石造建築物が視界を覆い尽くした。うわぁ。でかっ。さすが城郭都市と呼ばれるだけのことはある。まるで日本の山城のようだった。それが僕ははじめてモンテ・アルバンをこの眼で見た感想だった。 </tt></p>
<p><tt>ここでの目的は、半地下式の球戯場を見ることだった。多くの写真でよく見るモンテ・アルバンの球戯場。やはり写真で見るのとは、まったくちがう。思っていた以上に大きく、そして球戯場に幾つかの特徴があることがわかった。これは、典型的なIの字型球戯場であり、境界建築に何かを置くための窓？（窪み）が造られている。ここで一体どんな球戯が行なわれていたのだろう。一般的にメソアメリカにおいて、球戯とはゴムで作った直系２０ｃｍ程度のボールを腰で打ちあう競技である。地域や時代によってその形状は幾つかあったのではないかと考えられている。現在では、ウラマやポク・タ・ポクと呼ばれる球技が行われているが、サポテカ人も同じ球戯を行なっていたのだろうか。・・・まぁ球戯については、場所を改めて説明したいと思います。 </tt></p>
<p><tt>ここでの目的は、まだある。それは文字の存在と踊る人と呼ばれるレリーフを確認することであった。メソアメリカにおいて文字は、オルメカ時代にすでに発明されていたようで、それが各地に伝えられていったようである。オアハカでもかなり早い時期に文字が使われている。それらはサポテカ文字と呼ばれ、マヤ文字とは少し異なる。暦も長期歴ではなく260日暦と360日暦をあわせたカレンダーラウンドを使っている。　そのような文字が、幾つかの石碑に見られる。 </tt></p>
<p><tt>遺跡内を巡っていて思ったことに、ほんとに空がきれいだなと。こんなにも蒼く澄んだ空を見たのははじめてだ。日本にいたら決して見ることはない。（北海道ならもしかして・・・）いろいろと神殿群を見て回っていた。まぁ多くは一般者立ち入り禁止になっていたけど。 </tt></p>
<p><tt>球戯場&rarr;北の神殿群&rarr;中央広場と歩を進め、踊る人の神殿へとやってきた。この中には、通称「踊る人」と呼ばれる裸の人物が描かれたレリーフが施されている。「踊る人」のレリーフは、モンテ・アルバンの遺跡中に320個以上見つかっている。名前の由来は、昔の研究者がその図像表現から「踊る人」と勝手に名付けただけで、そこに描かれたものの本来の意味を表しているのではない。かといって、本来意味していたことは未だわかっていないのも事実である。一説によると戦争で捕らえてきた捕虜ではないかと言われる。 </tt></p>
<p><tt>ここ南プラットフォームでは、幾つかの建造物群に囲まれて中央に天文台と考えられている建築物J　と建築物G、H、Iという複合建築物がある。そして、一番最南端に位置する神殿Mからの眺めは絶景だった。ここからオアハカ盆地が一望できた。 </tt></p>
<p><tt><a target="_blank" href="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico043L.jpg"><img height="80" alt="オアハカ盆地" width="240" border="0" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico043S.jpg" /></a><br />
<br />
<br />
一通りモンテ・アルバンを堪能し、次に博物館に向かった。 途中には幾つかのお墓もある。ここの墓の形状は、四角く区切られた場所の中央に地下室があり、そこに遺体を安置させる場所を設けてある。中には極彩色な壁画が描かれた玄室もある。 </tt></p>
<p><tt>遺跡内にある石碑のほとんどはレプリカで、博物館にはそれらの本物が展示してある。地元の小学生だと思われる集団もいて、ちょっと騒がしかったけど、よしとしよう。</tt></p>
<p><tt>博物館を出ると、もう一つ離れたところに遺跡はある。特徴的にここにも球戯場が造られている。なぜ山頂の狭い地区に二つも球戯場が必要なのか。こちらの球戯場はサブコートとして使われていたのかもしれない。あとは、墓が二基建設されている。 そして、帰りのバスに乗り、再び細い道を揺られてオアハカの街へ。 </tt></p>
<p><tt>ちょうどお昼だったのでメルカド（市場）へ行き、そこで済ませることにした。オアハカには幾つかのメルカドが存在しているが、その中でも一番大きいメルカドだった。肉や野菜・果物がそころせましと置かれ、民芸品も多く売っていた。地元の人だけでなく観光客にも人気があるようだった。　</tt></p>
<p><tt>そのメルカドで買い物も済ませ、時間も余ってしまったので、絵を描くことにした。題材は・・・オアハカ歴史文化博物館の教会にしよう。ということでYさんとは別れて別々に行動することになった。 </tt></p>
<p><tt>日陰の涼しい場所を見つけると、そこに腰をおろし早速始めることにした。絵を描き始めると、小さい子が二人見にきた。服装から地元のこのようだ。手には民芸品を持っている。あぁこんな子も働いているんだ。どうやら二人は姉妹のようである。（その子らが教えてくれた。）色鉛筆に興味を持ったのか、いろいろいじっていたずらをしている。まぁ子供だからしょうがないか。子供はそれぐらいがちょうどいい。だから笑っていた。 そして1時間あまりして描き上げ、その作品は彼女らに渡した。大切にしてくれそうだったから。 </tt></p>
<p><tt>そして宿に戻ることにした。夕方は例の如く土砂降りの雨が降る。明日は、オアハカ最後の日。ミトラとヤグールをみてそのままオコシンゴへ向かおう。Yさんともここでお別れ。また一人旅。 </tt></p>
<div id="photo">
<p><img height="170" alt="入ってすぐ" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico033.jpg" /><img height="170" alt="中心グループ" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico034.jpg" /><img height="170" alt="建造物群" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico036.jpg" /><img height="170" alt="球戯場" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico046.jpg" /><img height="170" alt="球戯場" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico047.jpg" /><img height="170" alt="柱列" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico035.jpg" /><img height="170" alt="神殿Ⅳ" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico037.jpg" /><a onmouseout="MM_swapImgRestore()" onmouseover="MM_swapImage('Image10','','../../../images/weblog/world/2004mexico/2004mexico039.jpg',1)" href="http://sakbe2.syuriken.jp/weblog/world/mexico2004/mexico20040930.html#"><img id="Image10" height="170" alt="石碑" width="240" border="0" name="Image10" osrc="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico038.jpg" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico038.jpg" /></a><img height="170" alt="メインプラザ全景" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico040.jpg" /><img height="170" alt="踊る人" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico041.jpg" /><img height="170" alt="メインプラザ全景" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico042.jpg" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img height="170" alt="はずれのグループ" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico044.jpg" /><img height="170" alt="Tunba" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico045.jpg" /><img height="170" alt="第2球戯場" width="240" src="http://sakbe2.syuriken.jp/images/weblog/world/2004mexico/2004mexico048.jpg" /></p>
</div>]]></content:encoded>
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