<< | 2025/04 | >> |
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 |
パレンケ。そこは、マヤ遺跡のなかでも最も名高く、最も重要な場所である。マヤを知る人にとって、そこは一種の聖地のようであり、一度は訪れたいと思っているはずである。古代においても、パレンケは四大都市の一つに数え上げられていた。当時パレンケ遺跡がどのように呼ばれていたかは分からないが、紋章文字の上では「骨」を表す「バーク」の文字が使われている。パレンケの近くには、アグア・アスル(青の水)という滝が存在しており、最近のマヤ文字の研究成果によると、古代でもこのあたり一帯を「ラカム・ハ(大きな水)」と呼んでいたことが分かってきている。しかし、それがパレンケの都市自体を示しているのかは不明である。
・・・さてはて、余興はここまでにして旅の話しに戻すことにしよう。
入場料35ペソを払い、ゲートをくぐる。木々に囲まれた小道を抜けると、右手に石済みの建造物群が見えた。ついに来たぞ。もうすでに心は躍っていた。その建造物群に口が開いている場所がある。その穴にとても興味をそそられ近づいて行くと、隣には超有名な碑銘の神殿があるであないですか!もしや!?と思い、その穴の中へと入っていた。案の定そこには、故意に明けられた石室あった。
まさしくそこは、近年発見された「赤の女王」墓だった。発見された当時、石室内部が真っ赤に染められ、多くの副葬品とともに被葬者自身も深紅に染まっていた。私が訪れたときには、もう副葬品も遺骨も存在していなかったが、石棺内の朱はそのままだった。 赤の女王の墓を出て、次は碑銘の神殿だぁ!と意気込んでいると、なんとっ!周りには柵がしてあって入れないではないですか。
ガーン∑( ̄□ ̄;)!!
ここでもか!やはり現在修復中のため中には入れないそうだ。ショック!あぁいとしのパカル王。あの石棺だけは見たかったのにぃ。よしっ!次回来た時は必ず見よう。なんとしても見よう。誰がなんと言っても見よう。よしっ決めた!
次に向かったのは、宮殿と呼ばれる場所。ここは、柱や壁に多くのレリーフが刻まれ、ところどころに彩色された漆喰が残っていた。宮殿内部1の写真に見られるように、パレンケではT字型の窓が作られている。マヤ文字の中でよくT字状の要素がみられるが、それはIk’=風である。パレンケでそのような窓が採用されたのには、何らかの意味があるのだろうか。この宮殿内部1の写真は、テオベルト・マーラーによって20世紀初頭にすでに写真に撮られているが、その当時の写真では、持ち送り式アーチ(擬似アーチとも言う)に渡してある丸太が存在していたが、今ではもう無くなっている。さらに奥へ進むと地下へと続く階段があり、僕はそれを降りていった。狭く天井の低い通路を抜けると、上にあったような持ち送り式の細い部屋がいくつもあった。それをぬけると外に出てしまった。
暑い。日差し、そして湿気。それらが折り重なって僕の体から体力を奪っていく。だが心は満たされていた。えもいわれぬ充実感。古代の息吹を感じていた。宮殿を後にして、次に十字グループに向かうことにした。 十字グループ。それは、十字のピラミッド、葉の十字のピラミッド、太陽のピラミッドの三つのピラミッドを指す。それぞれ頂上の神殿内部に置かれた石碑のレリーフから名付けられた。これらの三つのピラミッドは、パカル大王の息子チャン・バラム2世の治世にほぼ同じくして建設された。十字、葉の十字に描かれたレリーフは、パカル王の石棺に描かれたレリーフとも関連が強い。もしかしたら、碑銘の神殿のように地下に石室が存在しているのかもしれない。と思いながら眺めていた。葉の十字のピラミッドを登っていると、下から呼び止められた。声の主は、ダンディなアメリカ人のおっちゃんだった。なんでもこんなところに東洋系(日本人も含む)がいることが珍しいから声をかけたのだそうだ。その人は、家族と旅行としてメキシコをいろいろ見て回っているそうだ。
そのあと、球戯場や幾つかの神殿ピラミッドを見て回って、いったん外に出ることにした。喉が渇き、腹が減ったからだ。ゲートの外に出店がいろいろ出ていて(お土産やばっかりだが・・・)、そこで調達することにした。ゲートを出ると、さっきのおっちゃんもいて、「ココナッツおいしいよ」と言うので、僕もそうすることにした。あ~、喉が癒される。おっちゃんたちは、これからアグア・アスルに行くから一緒にどうだと言われたけど、僕にはやらなくてはならないことがあったので、悪いと思いつつ断ることにした。それはパレンケで絵を描かなくては!と今回の旅を考えたときに計画していたものだった。
再びゲートをくぐり遺跡へと向かう(再入場OK)。でもなかなかいい題材がない。碑銘の神殿にしようと宮殿に腰をおろしたら、うとうとしてしまい、眠ってしまった。レリーフのある柱にもたれかかってしまったため、ガイドの人に怒られてしまった。すみません。悪気はなかったのです。で結局、葉の十字の神殿から宮殿に向かった景観を描くことにした。
描き終わると日も傾き始めたので、またパレンケの町に戻ることにした。っと、その前に博物館によって見たが、なんとここでも展示替え中で、ほんのちょっとしか遺物が見れなかった。
ガーン∑( ̄□ ̄;)!!(本日二度目)
はぅ~。もうだめだめじゃん。
帰りに、明日のバスのチケットを予約してホテルに戻った。明日は、朝早い(それしかなかった)。今日もいつものレストランで食事して、ぶらぶら散策。そしておやすみなさ~い。